2017年7月13日

1930年

たまたまウェブ上で、祖父・二代目の隆太郎にまつわる記事を見つけました。
文中では平岩良太郎と紹介されていますが、
これは神戸新聞に掲載された神戸洋服の飛躍と題されているコラムの中で、
大正14年に3カ国留学から帰国した祖父より
昭和5年=1930年に神戸洋服業組合に資料が渡された内容を伝えています。

2016年9月30日

ちゃちゃちゃ〜ある洋服職人の物語〜

リニューアルしたホームページの会社概要に紹介している
「ちゃちゃちゃ〜ある洋服職人の物語〜」について。

このお芝居は、ご存知の方もおられると思いますが、

わかぎえふさん主催の劇団で、
大阪市の協力のもと 大阪発信で芝居をするなら、
大阪弁のリズムの特徴でもある
「ちゃっちゃ」という軽妙なフレーズを活かせるエンターテイメントで
大阪の庶民の歴史を描きつつ、日常の笑いを盛り込んだ意欲的な公演になりました。

幕末から明治、大正、昭和にかけての日本の洋服の歴史や
工業面での発展をまとめた「日本洋服史」の本と弊店の成り立ちをベースに
「日本で初めて洋服を作った職人」の話をお芝居にされました。

もともと武士で横浜で「勅使官の洋服屋」と呼ばれた男=ひらいそうべいを主人公に
モンペや袴を穿いていた時代、
誰よりも先駆けて、メリヤスの機械を輸入して洋服屋を開き、
幕府に引き取り手の無い靴があったのを見つけて引き取り、
それを新政府に転売して大儲けをして、
次に日本人向けに新しい日本人に合う靴の工場を作り、
靴の次は、靴下工場を作っていく、、、。

武士から商人になり、職人と一緒に仕事をしていく男の姿を凛々しく描かれています。

当時の身分制度やしきたりのまだ厳しい時世に、
新しい時代に変わる時の庶民のチカラ、
時代のチカラを上手くとらえて演出されていました。

当時の写真が弊店に残っていて、
背景は明治初期の家屋で家族はみな、モンペ姿です。
そんな中、曽祖父で初代の音吉は山高帽にステッキを持ち、
モーニングのような三つ揃えを着用しています。

また祖父の二代目、隆太郎は大阪空襲で亡くなったので、
これも1枚だけ白黒写真が残っています。

それも、三つ揃えにクレリックシャツ、
戦前は珍しかったであろうペイズリーのネクタイを着用しています。
このホームページで載せている写真です。

この祖父の写真はとても大切にして、店の作業場に常に飾っています。
もちろん会った事は無いのですが、見守ってくれているような気がしています。

最後に、わかぎえふさんは主人公の名前を、
本当は当家の通称、平岩瀬兵衛にしたかったらしいと後でお聞きしました。

2015年11月22日

ちちんぷいぷい・仕上げ用 クセ取り

収録の後日、中間さんの仮縫いでした。
パンツのデザインは、元々スリムサイズでしたが
中間さんのご要望で、全体のサイズをさらに細くしましたので
シルエットを整えるために、
再度、仕上げ用のクセ取りを施しました。

これまで仕立てた中で、一番細いパンツです。
通常のサイズだとスラックスという表現ですが、
今回の場合は、なぜかパンツというほうがシックリくるような気がします。

2015年11月22日

ちちんぷいぷい・サインネーム

中間さんの仕上げのクセ取りをした後、
サインを刺繍してもらうため、高島ネームさんへ行きました。
高島さんと一緒に、生地に照らし合わせて、
一番サインの見栄えが良い色と場所を決めさせて頂きました。

また、中間さんのサインネームということで
高島さんが、特別にサービスで刺繍してくださいました。

2015年11月22日

ちちんぷいぷい

今回の放映は偶然にも、先代の命日月に当たり、
亡くなって、ちょうど3年目に
頑張っている姿を父にも伝えられたように思います。

今回の撮影に際し、中間淳太さんや製作に携わっていただいた方々には
とても親切に、また最後まで熱心に番組を仕上げて下さいまして、
とても感謝しています。

番組をご覧いただいたお客様方からも暖かいお言葉とご声援を頂きました。
また1着の服といえども様々な職人さんに助けて頂き、
常に家族の協力のもと弊店は成り立っています。

あらためて今一度、初心を振り返り、さらに精進していきたいと思います。
多くの皆様にご覧いただけたことは嬉しく、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 
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